三国志における潼関の戦いについて










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三国志というのは、中国の三国時代について書かれた歴史書なんですが、とにかく膨大な量の書物です。

だいたい2世紀から3世紀初頭にかけて魏・呉・蜀の三国が広大な中国大陸を三分割して割拠していた時代の歴史書です。

晋の時代に陳寿という人が書いたものが正史と呼ばれ、元の時代に羅貫中が書いた講談本は三国志演戯と呼ばれていますが、こちらは正式な歴史書とは言えません。




 正史の方は、三国時代が終了してすぐの晋の時代に、時の政府が歴史の記録を残すために陳寿に書かせたものですから、内容が実に簡素で、読み物としては、歴史学者でもない限り正直言って面白くも何ともありません。

しかし、演戯の方は、三国時代から1000年以上経ってから書かれたエンターテイメント性溢れる物語ですので、多くの人に愛読されています。




 日本でも、演戯を基にした小説や漫画が発表されていて、熱心なファンが存在します。

ただし、演戯はあくまでも物語ですから、史実に基づいてはいるものの、読者の興味を引くために脚色されていたり、架空の話が付け加えられたりしている部分が多いのは事実です。

ですので、三国志演戯を読んだ人がそれが史実通りだと信じて歴史の試験を受けると、バッテンがたくさん付けられてしまうかもしれません。




 特に、211年に、曹操と、涼州の馬超・韓遂らの関中十部連合軍が潼関周辺で行った潼関の戦いの部分では、正史と演戯とで事実関係の順番が反対になったりしています。

本当は馬超の挙兵の方が馬一族殺害よりも先だったのですが、それだと物語としての盛り上がりに欠けてしまうので逆の順序で発生したことになっています。